知りたいという欲(毒)
湊かなえさんの著書『未来』に感化されて書いた昨日のブログは2年後の自分が見たら、羞恥心が込み上げてくるものだろうな、と思う
昨日、久々に自分が書いた昔のブログを見たときには、少し読んだだけで『痛い痛い痛い!!!』となっているのだから...
昔の自分も今の自分も、カッコつけて文章を書こうとして、でもカッコつけて文章を書いていると思われるのも嫌だから所々に小ボケを挟んでしまっている
小ボケ言いたい欲は、この先一生治らないのだろうか...
...それはそれとして、今日書きたいことは今の自分の悩み
『知りたい』という欲のお話
『私はなんでも知っている』
『何でもは知らないわよ、知っていることだけ』
などと言える人物であれば、こんなことで悩む必要はないのだろうけど
私はそうではない、何も知らない一般ピーポー
「無知の知」という言葉は知っているけど、意味はしらない無知な男である
どうでもいいけど、『知』って言葉、矢口(やぐち)ですね
私は、モーニング娘の「女子かしまし娘」という曲が好きで良く聞くのですが、特に、矢口さんのパートで
「えー出てなかったの?ワッ!」
って言う時の矢口さんの表情が好きです
...話が脱線しましたが
私は『知りたい』という欲のお陰(せい)で、心も身体も疲弊している人間になってしまいました。
ここで言う『知りたい』というのは人に対しての『知りたい』です。
ホモなので、特に男性に対しての『知りたい』という感情がとても強い
正直に言ってしまえば「アレ」が見たいという気持ちが、一番強いのかもしれません
ホモだからね
仕方ないね
ホモはみんなそうだよね
うん
...まぁそれが一番だとして
私の場合、その人の今までの人生譚のような、人生史のような
その人の今まで歩んできた道について『知りたい』と思ってしまいます。
特に好きな人の譚であれば尚更
反面、『知りたくない』という感情も、私の中では強い感情として保持しています。
この『知りたくない』という感情は『知りたい』という気持ちを満たせば満たすほど増幅し、『知りたくない』という感情が強い段階で『知ってしまう』出来事が発生した際には、水道管が結露で破裂した時のような勢いで心の中にドバドバと負の感情が溢れ出るような気持ちになります。
あ、どうでもいい話ですけど、長期間家を開ける時、ブレーカーを落として家から出て行ってしまうと、特に冬では外の給湯器の管が結露して、年式の古い給湯器だったらそれが原因で給湯器内での水漏れや管の破裂を起こす可能性があるので、出て行く際には給湯器の水抜きをちゃんと行おうね!お兄さん(おじさん)との約束だぞ!
...まぁつまり
初めのうち、つまり好きでも嫌いでもない状態のうちは、『知る』ことでその人に対して「好き」又は「嫌い」という感情のどちらかを抱いていき、バロメーターが上(好き)下(嫌)していく、そのバロメーターが上(好)にある一定以上溜まると『知りたくない』という感情が生まれ、その感情がある段階で『知りたくない』ことについての『知る』が発生すると、感情というダムが崩壊して、心に汚水がドロドロと流れてしまうのです。
「心が痛い」を表現するのは難しいですね...
でも、誰しも一度は「心が痛い」を経験したことがあるかと思うので、それのことだと思ってください
ここで言う『知りたくない』こと、とは私においてはその人の性体験の話やその人の(元)恋人についての話についてです。
ソレを『知ってしまう』ことで、私の中では、ソレを『知りたい』、ソレになりたいという感情が爆発的に増幅していく、でも、ソレを私が『知ること』はできない、できないだろうと思った瞬間に、心の外側にあるダムを爆発させるためのスイッチが起動してしまうのです。
(※その際のイメージ)
ならば、知らないようにすればいい、その人に合わなければいい、SNSなどでその人の投稿を見なければいい、と思ったとしても『知りたい』という感情も共存しているので、結果、見てしまう、会ってしまう、知ってしまう
この『知りたい』という感情はタバコのようなもの
最初のうちは、吸っていても依存のようなものはなく、やめようと思えばやめられるだろうと軽い気持ちで考えてしまう、でもある一定以上経過すると『吸いたい』という気持ちが増幅していき、やめようと思ってもやめられなくなる。
私もこの『知りたい』『知りたくない』という感情が原因で、1年前からタバコを吸い始めてしまいました。
いくらタバコをやめようとしても、やめようとすればするほど、その『知ってしまったこと』が頭の中でフラッシュバックし、頭の中で何度も何度も何度も反芻されていく
それを止めるために、結局タバコを吸ってしまう
タバコをやめる為の一番の方法はソレを知ることだけど、ソレを知ることはできない、できないだろうと考えて、また思い出す、ソレのことを思い出す
知りたいという欲は毒となり
心の隙間を満たしていく
ドロドロと、ゆっくりと、確実に
心を腐らせ侵食していく
...あ、毒と言えば
湊かなえさんの著書『ポイズンドーター・ホーリーマザー』で「ポイズンドーター」の章を読んだ後の感情と「ホーリーマザー」の章を読んだ後の感情が180度くらい変わってしまうのですが、どなたかその気持ちわかりませんか?
私もまだ、その時の感情をどう表現していいかわかりませんが、視点によって捉え方が大きく変わるんだな、と感じました。
...たびたび話が脱線してすみません
ソレを『知ること』によって解決できない場合、他にできることは「予防」や「対策」を行うしかない
「予防」としては、なるべく自分自身が『知ること』のないようにすること、Twitterなどスマホでアプリがある状態だとすぐ『知ること』ができてしまうので、アプリは削除する。ただ、それをしたとしても私の中の『知りたい』という欲求は止められないのでアプリは再インストールしてしまう、ただ知る機会は減るので多少の心の負担を抑え込むことは可能である。
「対策」としては、別の人を好きになること、その人ではない「別の誰か」を好きになる。そうすることにより別の「知りたい」が発生する為、カルピスの原液のように濃かったその人に対しての『知りたい』という感情が、水でどんどん薄ませることができる。ただ、この場合、「別の誰か」との連絡が取れなくなった場合、リバウンドのように、感情が戻ってしまう。
「予防」「対策」・・・そんなことをしても一時凌ぎにしかすぎません
結局、毒は少しずつ心に入ります。
私はどうすればいいのでしょうか?
どうすれば解毒できるのでしょうか?
こんなことを、頭の中で考えている26歳は、この先お嫁に貰ってもらえるのでしょうか?
...なんだかんだペチャクチャペチャクチャピーチクパーチク書きましたが
結局、私はソレが知りたいのです
タチとかウケとか抜くとか抜かれるとかそういうものはいりません
ただ抱きしめてほしい
私に教えてください
知らせてください
おねがいします
...🙏